【感想】メタモルフォシス 羽田圭介

作家名【は~ほ】
ゴリ
ゴリ

マゾとは求道者(゜゜)

あらすじ

この本は”メタモルフォシス”と”トーキョーの調教”の2つの話が書かれている。

メタモルフォシスについて

その男には2つの顔があった。昼は高齢者に金融商品を売りつける高給取りの証券マン。一転して夜はSMクラブの女王様に跪き、快楽を貪る奴隷。よりハードなプレイを求め、死ぬほどの苦しみを味わった彼が見出したものとは――芥川賞選考委員の賛否が飛び交った表題作のほか、講師と生徒、奴隷と女王様、公私で立場が逆転する男と女の奇妙な交錯を描いた「トーキョーの調教」収録。

AMAZON商品ページより

感想

いい意味で思ってたのと違う

本作の情報を全く入れずに表紙だけを見て読むことを決めたので中身を読んで驚いた。表紙には東京の白黒夜景の中心に蝶がいてタイトルがメタモルフォシス。調べればこれは変形、変身という意味らしく
一人の主人公が東京という町に揉まれながら蛹から蝶に成長を遂げる物語なのかなと想像して読み始めてみた。

が、中身はハードなSM小説で驚いた。本作はメタモルフォシスとトーキョーの調教の2つの話がある。

メタモルフォシスについて

主人公のサトウはM風俗の常連である。自身のマゾとしての在り方に強い信念があり、他の人々の性への軽はずみな姿勢に対して、見下すような視点が度々登場する。

サトウはマゾとしてかなり調教がすすんでいる。マゾとしての快感原則が、ノーマルな性的快感原則とかけ離れているのでサトウの心理描写がいちいちおもしろい。
それがご褒美なのか、そこに興奮するんか、そこにプライド持つんか、
と本当にひとつひとつおもしろい。
Mとしての所作を禅の世界と結び付け、あたかも仏道に身を置く求道者のように調教に身をゆだねる。
悟りに近づこうとするように、M調教されることで自分の真理を探す。
自らが調教で究極に酷使されることでの本質的な願望を探求する。

全く知らない世界で触れたことのない価値観で人が高まっていくのがおもしろかった。今まで何度もドキュメンタリーや映画で、何かの活動を通じて人が殻を脱ぎ捨てるというドラマチックなシーンを見たことがある。
でもM調教でドラマチックにそれを表現されたのは初めてで、羽田さんってめちゃくちゃおもしろい感性持ってるんだなと思った。例えば布団圧縮袋に入りサトウが圧縮されるシーンで、その状況をビッグクランチとする場面がある。ビッグクランチは宇宙が収縮して世界が終わる現象なんだって。
布団圧縮袋に入れられて吸引されてる男がこの言葉で自身の行為を表現するのがめっちゃおもしろい。Mとしてのスケール感が天井突き抜けてる。

マジモンの変態が最後、動物としての本能に覚醒したときに、「もう無敵だね(゜゜)」って遠い高みに旅立ったのを優しく見送った。

トーキョーの調教について

主人公のカトウは13年目のベテランアナウンサー。妻子があり、家庭を大事にしている。しかし、ちょっとした興味からM調教に通い始める。いわばMとしてはまだ初心者。なるほど、前の話がベテランで今回は初心者なのかと、最初は普通の人間の感性をのぞかせていたんだけど。

Mとしての成長がすごく早い。

いつも指名していたマナという女王様が自身が講師をしているアナウンススクールの生徒であることが分かり、お互いに弱みを握ったギリギリの緊張感で調教に没頭していく。

この人も仕事は優秀にこなしているんだけど、どこか自身の正義と職業的な正義との狭間で無意識の葛藤を抱えていて。真に目覚めるのがM調教なんやけど。

少しずつ仕事や家庭でM調教での変化が出てきている。それが社会的立場としては不利な方向に働いているんだど自身の本質的な欲求に関しては前進してる。

周りの思う正しさとは違う、自分にとっての正しさや自分らしさに気づいていく。M風俗で。

馬鹿馬鹿しいことじゃなく、これは真剣なサスペンスなんだ、って文体で何を読まされているんだろう。平日の昼間の図書館で。みたいな感情が何回か繰り返された。

羽田さんはこの本が初めてだけどこれから他の作品も読んでみたい。通常とは違う価値観を持った人の、真剣な自分らしさを表現するのがとてもおもしろかった。

メタモルフォシスで主人公が本名のサトウと名乗ったところと

トーキョーの調教でカトウという男が偽名でサトウとなのるので

2つの話がサトウという同じ名前の違う主人公だったのは何か理由があるんだろうか。

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